和食文化に根付いてきたワサビは、日本人にとってなじみ深い食材だ。寿司、刺身、そばなど、素材の味を引き立てるために、薬味としてワサビが欠かせないという人も多いだろう。一方で、スーパーで販売されるお寿司や回転寿司チェーンなどでも“サビ抜き”が主流になりつつあり、特に若い世代を中心に“ワサビ離れ”が進んでいるようだ。
そうした趣向の変化に呼応するように、ワサビの生産量も激減している。農林水産省の「特用林産物生産統計調査」によると、日本のワサビの生産量は2005年の4614.5トンから2021年には1885.5トンまで減少。ここ15年ほどで、実に約6割減少したことになる。
日本人の“ワサビ離れ”は若い世代だけの問題ではない。「そういえば、ワサビを食べなくなった」という大人世代も少なくないようだ。彼ら/彼女たちの本音を聞いた。
“サビ抜き”で食べてもおいしい
メーカーに勤務する30代男性・Aさんは最近、外食で“サビ抜き”の寿司を食べることに抵抗がなくなった。
「これまでも、ワサビが苦手な人がいることは知っていました。私は特に苦手というほどでもなかったので、何の疑問もなく、寿司にはワサビが“当たり前”だったのですが、よく行く回転寿司店では、基本が“サビ抜き”なんです。セルフでワサビをつけるのも面倒だったので、そのまま食べたら普通においしかった。“寿司にはワサビが必須”という固定観念が崩れました」
「僕が子供の頃、ワサビを食べられるのは『大人』みたいな風潮があって、『サビ抜き』は子供っぽい先入観がありました。大人だからワサビをつけたほうがかっこいい、みたいな思い込みがあったのかもしれません」(Aさん)
一人暮らしだとワサビを買わない
美容業界で働く20代女性・Bさんは、ワサビに“辛い思い出”がある。
「学生の頃、サビありのイカのお寿司を食べた時に、想像以上にワサビが入っていて、めちゃくちゃ鼻が痛くなったし、涙目になるし……。むせかえるし、友人には心配されるしで、その後も食事があまり楽しめませんでした。ワサビってそういう“トラップ”があるので、それ以来、なんとなく避けるようになりました。食べても、お刺身にほんのちょっとつけるくらい。」(Bさん)
そんなBさんは、一人暮らし。自炊するが、ワサビを買うことはないという。
「にんにくやしょうがは調理に使うこともあるので買いますが、ワサビって、そもそも生のものは買わないし、チューブは、買ってもお刺身くらいしか使い道が思い浮かばない。一人暮らしだと、家でお刺身は食べないし……。」(Bさん)
肉を食べる時の“味変”ならいいけど
IT企業に勤務する20代男性・Cさんは、「ワサビが苦手」と言うと子供扱いされるのが嫌だったという。
「刺身や寿司で、生臭さを感じる時はワサビをつけますが、それ以外は基本的にはいりません。でも、ワサビいらないって言うと、“食べられないお子様なの?”という感じの目で見られることがあって、面倒でした。今はサビ抜きも当たり前になってきて、やっと時代が僕に追いついてきたという感じです(笑)」(Cさん)
「薬味としてだと存在感がありすぎると感じるんです。でも、肉を食べる時の“味変”としては、さっぱりしていいなと思ったことはあります。ワサビといえば魚のイメージが強いですが、実は肉料理にこそ合うのでは? 実際、焼肉屋さんでいいお肉は『ワサビで食べてください』と言われることもありますしね」(Cさん)
外食の時だけの贅沢品?
一方で、主婦の40代女性・Dさんは、「ワサビ自体は大好き」。しかし、「家で食べにくい」というジレンマを抱えている。
「薬味、大好きなんです。いいお蕎麦屋さんでは、生ワサビを自分ですりおろさせてくれるところがあって、大量におろします(笑)。でも、家で生ワサビをおろすのは、ちょっと非現実的というか……。結局、チューブタイプか粉ワサビという選択肢になります
家庭でも、ホンモノのワサビを手軽に食べられるようになればいいのに、と思いますが、ワサビを使う料理ってそんなにないし、生姜ほど手軽に売っていない……。」(Dさん)
はたしてこのままワサビは、日本の食卓から姿を消してしまうのか──。“ワサビ離れ”は若い世代だけの問題ではなくなりつつあるようだ。